初めの二日は古例によって、甲州一国の選ばれたる人と馬――あとの一日は甲府勤番の士分の者。それに附随して神楽《かぐら》もあれば煙花《はなび》もある、道祖神のお祭も馳せ加わるという景気でありましたから、女子供までがその日の来ることを待ち兼ねておりました。
能登守の家来たちは、八幡社前の広い場所に縄張りをしました。大工が入り、人足が入り、馬場を設けたり桟敷《さじき》をかけたりすることで、八幡のあたりはまだ当日の来ないうちから、町が立ったような景気であります。
能登守自身もまた馬に乗っては、この工事の景気を時々巡視に行きました。これはもとより能登守一人の催しではないけれども、最初に言い出した人であるのと、地位の関係から、ほとんど能登守が全部の奉行《ぶぎょう》を引受けたような形勢であります。
能登守の家中《かちゅう》は、この催しの世話役に当って力を入れているばかりでなく、士分の者から選手を出す時に、ぜひとも自分の家中から誰をか出さねばならぬ、その時に自家の選手が他家の者に後《おく》れを取るようなことがあってはならぬ、というその責任から、或いは勇み、或いは用心をするということになりました
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