いで、直ちに出立の暇乞いをしました。お角はもっと米友を留めておきたいような口吻《くちぶり》でありましたけれど、そんならと言っていくらかの餞別《せんべつ》までくれました。そうして、遠からずわたしも江戸へ帰るからあっちでまた会おうと言って、米友のために、二三の知人《しるべ》のところを引合せてやったりなどしました。
そうして米友は、そこを出かけて東へ向って行くと例の袖切坂です。そこへ来ると、いやでも眼に触れるのが、坂の上に立てられてある「袖切坂」の石の道標でありました。
「ここだな」
と思って米友はその石を見ると、袖切坂の文字には昨夜見た通りの朱をさしてありましたが、その文字の下に猿の彫物《ほりもの》のしてあることに初めて気がつきました。この猿はありふれた庚申《こうしん》の猿です。庚申様へ片袖を切って上げるとかなんとか言ったのは、やっぱりここのことだろうと米友は、昨晩のお角の言った言葉を思い出して、再び奇異なる感じを呼び起して見ると、その庚申の下に、片袖ではない――下駄が片一方、置き捨てられてあることを発見しました。
下駄が片一方、しかもそれは男物ではない、間形《あいがた》の女下駄に黒天
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