《こくてん》の鼻緒、その鼻緒の先が切れたままで、さながら庚申様へ手向《たむ》けをしたもののように置かれてあるのをみとめて、米友は眼を円くしました。
想像を加えるまでもなく、その下駄はお角の下駄であります。昨夕《ゆうべ》この坂の中程で転んだお角が、焦《じ》れったがって歯咬《はがみ》をしながら、鼻緒の切れたその下駄をポンと仕置場の藪《やぶ》の中へ投げ込んだ時に、米友は怪訝《けげん》な面《かお》をして見ていました。
それを誰がいつ拾い出したのか、今朝はもうここに、ちゃんとこうして供えられてある――だから米友は眼を円くしないわけにはゆきません。
迷信や因縁事で米友を嚇《おどか》すには、米友の頭はあまりに粗末でそうして弾力があり過ぎます。昨夕、ここであんなことをお角から言われて、その時はおかしな気分になりました。今はもうほとんど忘れてしまっていました。それだからこうして見ると、誰がしたのかその悪戯《いたずら》が面悪《つらにく》くなるくらいのものでありました。米友は手に持っていた棒をさしのべて、長虫でも突くような手つきで、下駄の鼻緒の切れ目へそれを差し込みました。
前後と左右を見廻して、そ
前へ
次へ
全207ページ中127ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング