「米友さん」
三度目に米友の名を呼びました。
「御免下さい」
台所口の腰高障子をそっとあけて、忍び足で家の中へ入り、中の障子へ手をかけて、
「米友さん」
と言いながら、障子をあけたのはお松でありましたが、米友を呼んで入って見ると、それは米友ではなくて、立派な身なりをした奥向きの婦人が、柱に凭《もた》れて泣いておりましたから、きまりを悪そうに、
「どうも相済みませぬ、あの、米友さんはお留守でございますか」
泣いている婦人は、その時、涙を隠してこちらを向きました。
「まあ、お前さんは……」
「あなたはお君さん」
「ずいぶん、これはお珍らしい」
「まあ、なんというお久しぶりな」
と言って二人ともに面を見合せたなりで、暫らく呆気《あっけ》に取られていました。
お松とお君との別れは、遠江《とおとうみ》の海でお君が船に酔って船に酔って、たまらなくなって以来のことであります。あの時、お君だけは意地にも我慢にも船におられないで、上陸してしまいました。
神尾主膳の家と、駒井能登守の屋敷とは、その間がそんなに遠くはないのに、両女《ふたり》ともに今まで面《かお》を会せる機会がありませんでした。甲
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