を突くようにして、米友の面をながめました。
「今、飯を食わせてやるから待っていろ」
米友は足を拭き終って、上へあがりました。
「ムクや、手前は良い犬だ、どこを尋ねても手前のような良い犬はねえけれど、やっぱり犬は犬だ、外を守ることはできても、内を守ることができねえんだな」
と言いながらムクの面を見ていた時に、ふと気がつけば、その首に糸が巻いてあって、糸の下には結《むす》び状《ぶみ》が附けてあるのを認めました。
「おや」
と米友はその結《むす》び状《ぶみ》に眼をつけました。してみればムクは食事の催促にここへ来たのではなく、この結び状を届けるためにここへ来たものとしか思われません。
「誰だろう、誰がこんなことをしたんだろうな」
と言って米友は不審の眉を寄せながら、ムクの首からその糸を外して結び状を取り上げました。
ともかくも、ムクを捉まえてこんな手紙のやりとりをしようという者は、米友の考えではお君のほかには思い当らないのであります。けれどもそのお君ならばなにも、わざわざこんなことをして自分のところへ手紙をよこさねばならぬ必要はないはずであります。お君のほかの人で、こんな使をこの犬に頼む者があろうとは、米友には思い当らないし、ムク犬もまたほかの人に、こんな用を頼まれるような犬ではないはずであります。
米友は、いよいよ不審の眉根《まゆね》を寄せながら、ついにその結び文を解いて見ました。読んでみると文句が極めて簡単なものであった上に、しかも余の誰人に来たのでもない、まさに自分に宛てて来たもので、
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『米友さん裏の潜《くぐ》り戸《ど》をあけて下さい』
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と書いてあるのでありました。
「わからねえ」
米友は、その文面を見ながら、いよいよ困惑の色を面《かお》に現わしました。それは確かに女の手であります。女の手で見事に認《したた》められてあるのであります。
「いよいよ、わからねえ」
米友の知っている唯一のお君は手紙の書けない女であります。このごろ、内密《ないしょ》で文字の稽古はしているらしいが、それにしても、こんな見事に書けるはずはないのであります。そのお君を別にして……まさか米友を見初《みそ》めて附文《つけぶみ》をしようという女があろうとは思われません。
「誰かの悪戯《いたずら》だ」
と疑ってみても、このムク犬が、こんな悪戯のな
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