登守が訪ねて来ることは不思議とするに足りないことであります。
方丈と暫らく対談があったらしく、やがて乗物とお供とがここから帰って行く時分に、その裏山の宵闇《よいやみ》に紛れて行く宇津木兵馬の姿を見ることができました。
さては、能登守の乗物で来たのは本人の能登守ではなくて、この宇津木兵馬であったろうと思われる。
長禅寺の裏山の林の中を潜って、とある木蔭に腰をかけた兵馬は、そこで息を吐《つ》いて甲府の町の中を見下ろしました。
甲府へ来てから兵馬はいろいろの目に遭いました。僅かの行違いから、永久に日の目を見ることができないことになるところでした。ともかくもこうして脱《ぬ》け出ることのできる身の上になったことは喜ぶべきことでしょう。
これから兵馬の落ちて行こうとする目的《めあて》は、長禅寺を脱けて道もなき裏山伝いを、ひとまず甲斐の恵林寺へと行くのであります。
甲府で世話になったいろいろの人に名残《なごり》もあるけれども、長い間めざす敵の机竜之助が、まだたしかにこの市中のいずれかに潜《ひそ》んでいるだろうという心残りが一層、兵馬をして甲府をこのまま見捨て難いものにするのでした。
けれども、これは永久に甲府を去るの門出《かどで》ではない、自分は能登守に教えられた通り、これより程遠からぬ松里《まつさと》村の恵林寺へ落ちて、暫らくそこに隠匿《かくま》ってもらうのである。その間に、心してたえず甲府の動静をうかがうことができると思えば、その名残はさほど切ないものではありません。
兵馬はその目的で、松の林の中の闇に紛れて、道なき山道を進んで行きました。
前の日に七兵衛やがんりき[#「がんりき」に傍点]が通って来たと同じ道、そこで馬場を見下ろした要害山の後ろから、帯名《おびな》と棚山《たなやま》との間を越える甲府からの裏道に沿うて、しかし、それもなるべく路を通らないつもりで、山を分けて行くと、前を提灯が三つばかり行くのを見ました。
その提灯の通るところは、西山梨から東山梨へ出る間道であります。大方、こっちの方から今日の流鏑馬《やぶさめ》を見に来た土地の人が、夜になって大勢して通るのだろう。その人たちに見つけられたくもなし、その人たちも自分の姿を見たら驚くかも知れないから、やり過ごしてしまおうと兵馬は、またも暫らく木の蔭にかくれて、その提灯の通り過ぐるのを待っていました。
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