た。
「今宵もこれで斬った。女だ、まさしく女の声で助けてくれと泣いた。若い女であったか、年を取っていたか、そりゃわからぬ。綺麗な面《かお》をしていたか、醜い面をしていたか、それもわからぬ。若い女であったら何とする、また美しい女であったら何とする、おれはただ斬ればよいのだ、斬りさえすれば胸が透くのだわい。声をしるべに斬った途端に、縋《すが》りついて泣いたからまた斬った、それでこの片腕がおれの羽織にしがみついたなりに残った」
竜之助はその刀に残る血の香に顫《ふる》えつくようでありました。身体もまたブルブルと顫えて、手に持った刀から水が飛ぶようであります。
「以前は強い奴でなければ斬りたくなかった、手ごたえのある奴でなければ斬ってみようと思わなかった、このごろになっては、弱い奴を斬ってみたい、助けてくれと泣く奴を斬るのが好きになったわい。ああ、咽喉《のど》が乾くように人が斬りたい。あの幸内とやらは逃げたそうな、長持の中の窮命人は逃げたそうな、せめて彼でもいたら斬ってみたい、一人では斬り足らぬ。どうしてまた、今宵はこれほどに人が斬りたいのだ」
竜之助はほんとうに乾いた咽喉を鳴らしているので
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