した行燈には火が入っていました。その行燈の下に幸内は、水を浴びせられたままで放《ほう》って置かれてありました。主膳はその傍へ寄って来て、
「幸内、お前にもだいぶ苦しい思いをさせたな、どれ、許してやろう、縄をゆるめて遣《つか》わすぞ」
と言って、縛ってある幸内の縄の結び目を解きにかかりました。酒乱は止んだらしいけれど、酔いはまだ醒《さ》めていないようであります。
 ついに面倒になったものと見えて、主膳は小柄《こづか》を抜きました。その小柄でブツリブツリと縄を切ってしまいました。
 こうして手首の縄を切られたけれど、幸内はグッタリとしていました。
「ははははは、おとなしいな」
と主膳は笑いました。それから同じ小柄をもって足首の縄をブツリブツリと切りかかりました。
 縄は足首の中に食い込んであったのを切ってしまうと、幸内の両足も自由になりました。
 両手も両足も自由になったけれど、幸内はグッタリとして動きません。それはそのはずです、三杯目の水を浴びせられようとする時分から、幸内は絶息していたものでありましたから。
「ははは、永らく窮命させた、これで許して遣わす、どこへなと勝手に出て行け」
 
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