に今夜という今夜、柳小路で見かけた怪しの者、見えがくれに後をつけると、要法寺の墓地へ入って行衛が知れず、引返そうとした時に、かねて謀《しめ》し合せておいたこの男、同じような怪しい者が、たった今、古城の方へ行ったと申す故、二人で後追いかけて、たしかに姿を認めたのが当屋敷の裏手。喜び勇んで駈けつけて見れば、それは尋ねる曲者ではなくて、御主人の神尾殿がこの体《てい》たらく」
小林文吾は一通りの事情を話して苦笑いしました。
「それは、それは」
神尾はそれを聞いてなんとなく腑《ふ》に落ちないような心持で、例の座敷の傍へ来て縁側から覗いて見ると、さいぜん、さんざん問題にした丸行燈の火は消えてしまっていましたから、中は真暗でありました。
幸いに米友は小田原提灯を持っていました。頼まれもしないのに、幸内を担いでその縁側のところまでやって来ていました。
主膳と幸内とを座敷の中へ送り込んで、小林文吾と米友とはそこを辞して外へ出てしまいました。
そのあとで、主膳は座敷の中で寝転んで、詩を吟じてみたり、新内《しんない》を語ったりしてみましたが、やがて思い出したように起き直りました。米友が提灯からうつ
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