ここへ」
「我々はちと尋ねる人があって、その人を尋ねてこのあたりまで来たところ、ついその人を見失うて……」
「それはそれは、ともかく、あれまで」
神尾主膳は立ち上りました。先に立って小林を屋敷のうちへ案内しようとすると、
「こりゃどうしたんだ、エ、ここに男が一人縛られて倒れてるが、こりゃどうしたんだ」
と言って、けたたましく叫んで提灯を振りかざしたのは米友であります。
「ああ、そりゃあきちがいじゃ、養生のためにそうして水を浴びせてやるのじゃ」
神尾は憎そうに言い捨てました。
「いくらきちがいだってお前、この寒いのに井戸側《いどばた》へ、水をかけて置きっ放しにしたんじゃ凍《こご》え死んでしまうじゃねえか」
米友は同情しました。神尾は米友の方を、じっと見ただけで取合わずに、小林に向い、
「貴殿方が尋ぬる人というのは、そりゃ、いかなる人でござるな」
「ほかではござらぬ、このごろ市中に評判のある辻斬の曲者《くせもの》を尋ねんがために」
「なるほど」
「夜更《よふけ》から暁方《あけがた》へかけて、こうして扮装《みなり》を変えて毎夜のように尋ねてみるが、ついぞ出会《でっくわ》し申さぬ。しかる
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