はないと、お君は自分ながら、そう思いました。己《おの》れの容貌を買い被るのも女であるし、己れの容貌をよく知るのも女であります。
「それは写真というもので、筆や絵具でかいたのではない、機械でとって薬で焼きつけた生《しょう》のままの像《すがた》じゃ、日本ではまだ珍らしい」
絵姿だとばかり思って、お君があまり熱心に見恍《みと》れているものですから、能登守が少しばかり説明を加えますと、
「これはかいたものではございませんか。まあ、機械で、どうしてこんなによくお像を写すことができるのでございましょう、切支丹《きりしたん》とやらの魔法のようでございます」
「そうそう、最初はそれを切支丹の魔術と思うていた、今でもその写真をとると生命《いのち》が縮まるなんぞと言うものが多い、けれどもそれは取るに足らぬ愚《おろ》かな者の言い分じゃ」
「ほんとにお珍らしいものでございます」
お君はその写真を飽かず見ておりました。自分は今お暇乞いをして立とうとしていることも忘れて、写真から眼をはなすことができません。
「それをお前が欲しいならば、お前に上げてもよい」
能登守からこう言われた時に、面《かお》を上げたお君
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