の眼は狂喜にかがやいて見えました。
こうしてお君は能登守から、箱に入れたまま紙取りの写真をいただいて帛紗《ふくさ》に包み、後生大事《ごしょうだいじ》に袖に抱えてこのお邸を立ち出でました。
それから御門まで来る間も、お君は嬉しさで宙を歩んでいるような心持です。その嬉しさのうちには、やはり胸を騒がせるような戦《おのの》きが幾度か往来《ゆきき》をします。その戦きはお君にとって怖ろしいものでなく、心魂《しんこん》を恍《とろ》かすほどに甘いものでありました。
「わたしは、あの殿様に好かれている、あの殿様は、わたしを憎いようには思召していない、たしかに――」
お君は身を揺《ゆす》って、そこから己《おの》れの心の乱れて行くことを、更に気がつきません。
ましてや、お君は、お銀様に頼まれて来たことも、そのお銀様がお濠《ほり》の外で待ち焦《こが》れておいでなさるだろうということも、この時は思い出す余裕がありませんでした。さいぜん親切に案内された門番へさえも、一言《ひとこと》も挨拶をしないで門を通り抜けようとして、門番から言葉をかけられてようやく気がついて、あわててお礼を言ったくらいでありました。
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