橋を渡って、お銀様を待たせた柳の樹のところへ来て見たが、そこにお銀様の姿が見えませんでした。
「お嬢様は……」
と言って、お君はそのあたりを見廻しましたけれども、そのあたりのいずれにもお銀様らしい人の影は見えません。
その時に、お君は自分が能登守の前に、あまり長くの時を費《ついや》したことを考えました。待たせる自分は嬉しさに包まれて時の移るのを知らなかったけれど、待たせられたお嬢様にとっては、ずいぶん長い時間であったろうと気がつきました。
二
これより先、お濠の岸に立ってお君の帰るのを待っていたお銀様は、そのあまりに長いことに気をいらだちました。
役割の市五郎が傍へ寄って来た時に、お銀様は振返ってそれを睨《にら》みました。市五郎はなにげなくそれを反《そ》らして行ってしまったが、お銀様がそれを忘れてやや久しいのに、お君はまだ御門から出て来る模様がありません。
お銀様はお城の方を睨んで、荒々しく足踏みをしました。それからお濠の岸を、あっちへ行ったりこっちへ帰ったりしていました。
そうすると、問屋場の方から五六人かたまって私語《ささや》きながらこっちへ来る
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