いつも竜之助のいる屋敷へ、そのふらふらした足どりで入って来たけれども、そこに竜之助がいませんでした。
「竜之助殿、どこへ行った」
と言いながら、そこへドカリ坐ってしまい、それから酔眼を据《す》えて室内を見廻しました。
例の通り、丸行燈《まるあんどん》に火が入っているにはいたけれども、それは今や消えなんとしているところであります。
「いやに暗い火だ、明るくない燈火《ともしび》だ、もっと明るくなれ、明るくなれ」
主膳は燈火に向って、こんなことを言いました。その舌の縺《もつ》れ塩梅《あんばい》を見れば、かなりに酔っていることがわかります。
「誰もおらぬか、誰ぞ来い、あの燈火をもっと明るいように致せ、こんなにして燈心を掻《か》き立てるがよい、燈心を掻き立てさえ致せば、火はおのずと明るくなるのじゃ、早う致せ、誰もおらぬか、誰ぞ来い来い」
怪しげな呂律《ろれつ》で取留まりもなく言いました。そうして酔っぱらい並みに頭をグタリと下げたり、怪しげな手つきをして、その手をすぐに膝の上へ持って来て、狛犬《こまいぬ》のような形をしたりしていました。
「うむ、よし、誰も来ないな、来なければこっちにも了見が
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