には、同じ旗本のうちか、或いは大名の家よりするか、さもなき時はしかるべき仮親を立てるが定め、その辺は御承知でござりましょうな」
「それは……」
と言ってお絹は、ややあわてました。
「まだそれまでには運んでおらぬのでござりまする……」
お絹が、それについてなお何かを弁明しようとする、その言葉の鼻を押えるように、能登守が、
「左様ならば取敢《とりあえ》ず、そのことをお取定《とりき》めあってしかるべく存じまする」
と言ってしまいましたから、お絹は二の矢が次《つ》げないようになりました。
「御親切のお心添えを有難く存じまする、よく主膳にも申し聞けました上で……」
お絹はこう言って辞して帰るよりほかはありません。能登守の言い分は正当であるにしても、せっかく使者に来たお絹にその言い分が快い感じを与えることができませんでした。ましてやこれが神尾主膳の耳に伝わる時は、憎悪となり怨恨《えんこん》と変ずることは目に見えるのであります。
八
神尾主膳はその晩、一人で躑躅《つつじ》ケ崎《さき》の古屋敷を訪ねました。酔っているもののように足許がふらふらしています。
「机氏、机氏」
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