それと頷《うなず》くところのものがありましたが、
「どのような用向か知らん、わしは会いたくない、誰か会ってもらいたい」
会うことを多少迷惑がるようであります。
「それでも殿様に、直《じか》にお目通りを致さねば申し上げられないことなのだそうでございます。それがため、小島様も服部様も、わたしにお殿様へお取次ぎ申してみるように、お頼みでございました」
「はてな」
能登守は、その晴れやかな面《おもて》を少しく曇らせました。
「ともかく、あちらへお通し申しておくがよい、暫らくの間お待ち下さるようにお断わりをして」
「畏《かしこ》まりました」
「それから、お前は、わしの羽織だけをここへ持って来てくれるように」
「畏まりました」
お君は旨《むね》を受けてこの一間を出て行きました。能登守はその後で腕を組んで考え込んでいましたが、
「ははあ、そうじゃ、忘れていたわい、例の神尾が嫁を貰いたいということであろう、あの一件で例の婦人が出向いて来たものと見ゆるわい――筑前殿からも内談があったのだが、あれは、まだ拙者には解《げ》せぬことがある故に、なんとも返事をせずにおいた。事実、神尾があの縁組みを本気です
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