、格子によりかかって仕事をしているのを認めました。
その奇異なる武士は、何かを以て、極めて小さな音を立てながら、牢の格子を切っているとしか見えません。言葉を換えて言えば、牢破りを企《くわだ》てつつあるとしか見えません。
あまりのことに兵馬は、蒲団《ふとん》を蹴《け》って、よろめく足を踏みしめて立ち上りました。
「南条殿」
兵馬はよろめきながら近寄って、牢の格子を切っている奇異なる武士の手を押えました。
「宇津木、起きてはいかん」
奇異なる武士は、兵馬に押えられても、別段に驚きはしません。
「南条殿、何をなさる、軽々しいことをなさるな」
兵馬はたしなめるように言いました。
「君の知ったことではない、身体に悪いから寝て居給え」
南条と呼ばれた奇異なる武士は兵馬の手を取って、牢の格子の角の隅をさぐらせました。兵馬はそこへ手を当ててみると、何かの刃物でズーッと横に筋が切り込まれてあります。その切込みはまだそんなに深くはありませんでしたけれど、退引《のっぴき》ならぬ破牢の極印《ごくいん》であることは確かであります。
「ああ、大胆なこと」
と言って兵馬は嘆息しました。
「二番の室でも、
前へ
次へ
全190ページ中69ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング