を持って来ませんでしたけれども、その後、誰ともなく金を差入れてくれるものがあると見え、その小づかいが二両三両と兵馬に手渡されます。それも五両差入れたものがあるとすれば、そのうち二三両ずつ、誰か頭を刎《は》ねる者があるらしくありました。
誰が差入れてくれるのだか知らないけれど、兵馬はそれがために、大へんに便宜を得ました。望みの物を買ってもらうこともでき、同室の人に融通することもできました。多分、七兵衛の仕業《しわざ》でありましょう。
その兵馬は不幸にして、このごろ熱に冒《おか》されています。そうして枕が上らないでいるのを、例の同室の奇異なる武士が介抱していました。この奇異なる武士は、兵馬よりは先にこの室に入れられていました。それと同室して語っているうちに、兵馬はこの奇異なる武士の奇なることを感ぜずにはいられません。
今日は少し快《よ》かったから起きてみました。夜は早く床に就きましたが、よく眠れました。夜中になって、ふと妙な音が耳に入りましたから目を覚まして、音のする方を見て、我知らず身を起しました。兵馬は半身を起して、怪しげな音の耳ざわりになるところを見ると、同室の奇異なる武士が
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