お組屋敷の東は御代官の陣屋になっているのであります。
宇津木兵馬の囚《とら》われているのは、その牢屋の中の一番室で、それは六畳敷でありました。その六畳の中には兵馬と、そのほかに一人の奇異なる武士が囚われています。
この室の中の南と北は格子であります。東と西は羽目《はめ》であります。
宇津木兵馬はその羽目の方の一隅に寝ています。もう夜が更けているから牢の中は真暗であります。兵馬は寝入っている様子だけれども、同室のもう一人の奇異なる武士は、まだ起きていて暗い中で何をかしているようです。
その武士は三十前後の歳で、総髪にして髪を結んで後ろへ下げています。
「うーん」
というて苦しげに呻《うな》るのは寝ている宇津木兵馬の声で、それと同時に寝返りを打とうとするらしい。
「宇津木、苦しいか」
奇異なる武士は声をひそめてこう言いますと、
「いや、別に」
と兵馬は、これも、ひそかに答えました。けれどもその返事は、苦しさを耐《こら》えている返事です。
「もう一服、飲んでみるか」
と言って奇異なる武士が、兵馬の枕許まで来て、蒲団《ふとん》の下を探ります。
「うーん」
と兵馬はまた苦しげに呻りまし
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