た。
蒲団の下から一包の紙、それは薬と覚《おぼ》しいのを取り出して、奇異なる武士が兵馬の口許へ持って来ました。
「まだ熱が高いな」
片手では薬の包を持ち、片手では兵馬の額を押えました。
兵馬は寝ていながら、口を開いてその紙包から薬を飲みました。
「ソレ水」
枕許の椀を取って水を兵馬に飲ませました。兵馬は少しばかり起き直って、コクリコクリとその水を飲みました。
「気をつけて寝ておれ」
奇異なる武士は、じっと兵馬の面《かお》を見つめています。
火の気のない牢屋の中の夜のことであるから、尋常ならば、なにもかも見えないのであろうけれど、この奇異なる武士は暗い中でも、よく物が見えるようであります。
兵馬もまた相当に暗い中で物が見えるようです。暗い牢の中に居つけたために、おのずから眼がそういうふうに慣らされたものでしょう。
兵馬が寝ついたのを見て奇異なる武士は、また以前の座へ立戻り、何をしているのかと思えば、紙を裂いて、しきりに紙撚《こより》をこしらえているのであります。
自分の蒲団は兵馬に着せてしまっているから、この武士の横たわるべきものはありません。半畳ほどの渋紙をしいてその
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