この縁談に……そんなこともございますまいが、能登様から故障が出るようなことがございますると……」
「それだから、最初に筑前様の方を纏《まと》めておけばよいではありませぬか。その筑前様へのお使は、わたしが行って、きっと纏めて参りましょう」
「左様ならば大丈夫でございます、御別家様から懇《ねんご》ろにお頼みになりますならば、大丈夫でございます」
 市五郎はそこへ仰山《ぎょうさん》らしく保証をおいて、お暇乞いをして帰ろうとすると、
「まあ、よいではないか、前祝いに何か差上げたいもの……お松や、お松はおらぬかいな」
 お絹は市五郎を引留めてお松の名を呼びました。
 お絹から呼ばれてお松はその席へ出ますと、
「こっちへお入り」
 お松はしとやかに座敷の中に入りました。
 そこでお絹はお松を市五郎に引合わせると、市五郎は遽《にわ》かに膝を揃えて座を下り、
「これはこれは初めまして、わたくしが市五郎めにござりまする、どうぞお見知り置かれて」
と非常に低く頭を下げましたから、お松はそれに準じて丁寧に挨拶をし、
「行届かぬものでござりまする、なにぶんよろしく……」
と両手を揃えて言いました。
 近づきが
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