で》とう存じまする。御結納《ごゆいのう》はこの暮のうちに日を択《えら》んでお取交《とりかわ》しなさいますように。お婚礼は来春になりまして花々しく」
 市五郎が言葉を恭《うやうや》しくこう言いますと、お絹も喜ばしそうに、
「お前さんの橋渡しで都合がよく運びました、これでわたしもワザワザ甲府へ来た甲斐《かい》があると申すもの、主膳殿もこれから身持ちが改まって出世をすることでしょう、三方四方|慶《めで》たいこと」
と言ってお絹は市五郎の労をねぎらいました。市五郎は額《ひたい》を叩いて、
「まことにハヤ慶たいことで。なにしろ、先方が聞えた旧弊の家柄でございますのに、当人がまたばかに気むずかしいものでございますから、どうなることかと心配しておりましたが、幸いなことに、その当人が乗気になりまして、それで話がズンズンと進んで参りました……しかし御別家様」
 市五郎が呑込んで話しているのは、例の縁談の一件であります。
「御別家様」
 市五郎はお絹を呼ぶのに御別家様の名を以てして、
「お媒妁人《なこうど》はどなた様にお頼みあそばしますおつもりでございますな」
「それは……あの御支配のお二方のうち、筑前様
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