るお松は、牢屋の中に見たいと思う人があるからであります。
その人のために、お松はどのくらい心を痛めているか知れません。お絹を通したり、自分で遠廻しに頼んだりして神尾に縋《すが》りました。ここへ来る道中では駒井能登守にさえも訴えてみました。
けれども、その証拠が歴然たる上に、御金蔵破りのことが重いので、ともかくも本当の犯人が挙った上でなければ、冤罪《えんざい》が晴れまいということを聞かされて、お松の失望落胆は言うべくもありません。
せめて牢屋の模様でも知っておきたいと、お松はその道筋を幾度か指で引いてみました。けれどもそれは徒事《いたずらごと》で、お松の力でどうしようというのではありません。自分の力でどうしようというわけにはゆかないものであると知りながら、お松は人の力の恃《たの》みにならないことをもどかしがって思案に暮れました。
ここは神尾の本邸とは別に一棟をなしているところの別宅であります。その一間に、お絹は取澄まして一人の男のお客を前に置いて話をしていました。
お絹の前に坐っている男の客というのは役割の市五郎です。
「御別家様、まず以て滞《とどこお》りなく運びましてお慶《め
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