ったのはお銀様のことであります。あ、それではお銀様の仕業《しわざ》と、すぐにこう感づいてしまいました。
 殿様から御沙汰があると、旦那様は必ずお銀様へその御沙汰のお伝えがあったに違いない、それをお銀様が、あの気性で、わたしに話なしに御一存でお断わりなすってしまったに違いないと、お君はすぐにそう感づいてみると、お銀様に言われた言葉がいちいち思い当るのであります。お前が行けば殿様は喜んでお会い下さると、お銀様が断言したこと、そこに何かの確信があるような言いぶりがお君によく思い合わされると共に、殿様はお前を好いている……と言ったお銀様の言葉、薔薇《ばら》のような甘い香と鋭い棘《とげ》とが、ふたつながら含まれていたのも漸くわかってくると、お君は我知らずポーッと上気してまたも面《かお》が真赤になりました。そうして、お銀様の仕打ちが憎らしくなってたまりませんでした。
「わたくしは初めて承りました、殿様からそのようなお沙汰のありましたことを、わたしは今まで存じませんでございました」
 お君は自分の冤罪《えんざい》を申し開きするような態度でこう言いました。
 お君が、自分の冤罪を主張するように熱心にな
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