持でありました。駒井の殿様のお情けというものが嬉しくて、心が溶《と》けてゆくばかりでありました。それでも釜無河原《かまなしがわら》へ来た時分に振返って有野村を見ますと、小高い丘の下に一面に黒くなった森、そこが今まで世話になっていた馬大尽の藤原の家の構えだと知った時に、なんとなく四辺《あたり》の光景が物悲しくなりました。
幸内に助けられてあの家へ厄介になったかりそめ[#「かりそめ」に傍点]の縁が、思い出にならないということはありません。その幸内は行衛《ゆくえ》が知れないし、それよりもひとり残ったお嬢様が、「わたしもお嫁に行く」と言った一言は今でもお君にとって、何の意味だかよくわからないのであります。
いったいにお銀様の心持というものは、お君にはよくわかりませんでした。駒井様で所望する自分の身の上をお銀様が途中で、水を注《さ》そうとするような仕打がわかりません。そうかと思えば、そのお暇乞いをした時に冷やかではあったけれど、不快な色を見せないで承知をして下すったこともわかりません。
自分をすすめて御城内の殿様のところへやりながら、その殿様のお写真に向って、あんなことをなさるお嬢様の気心
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