心からその気で言ったのであります。
 お銀様が、自分もお嫁に行くところがあると言ったのは、どういうつもりだかお君にはわかりませんでした。
 しかし、その場は気まずくなって、今までになかった張合いの心持がおたがいに募《つの》ったけれど、すぐにあとでお君が謝罪《あやま》りました。お銀様もうちとけました。
 謝罪ったあとで、お君は改めてお銀様にお暇乞いを申し出でました。お銀様は冷やかに、それでも快くお君の暇乞いを承知しました。それにお銀様はお君に対して、身の廻りのものやらお金などを多分に分けてやりました。お君はそれを有難く思って、なんとなくこのお嬢様の傍を離れたくない心持もしましたけれど、自分の行く先のことを考えれば、その心持も忽ち消えてしまうのであります。
 お君がこのお嬢様の許《もと》を辞して行こうとする先は問うまでもなく、それは駒井能登守のお邸であります。
 主人やお銀様からいろいろの下され物をお伴《とも》の男に馬につけてもらって、お君は愛するムク犬と共に藤原家を離れました。
 みんな機嫌よくお君を送ってくれました。
 有野村から甲府まで行く間に、お君は一足毎に春の野原へ近づいて行く心
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