お写真ばかりはどうしても御自由におさせ申すことはできませぬ」
お君は日頃に似気《にげ》なく争いました。お銀様はほとんど狂気の体《てい》で写真を遣《や》らじとしました。一枚の写真を争う両人《ふたり》は、ほとんど他目《よそめ》からは組打ちをしているほどの烈しさで揉み合いました。
そうしてお君は、やっとお嬢様の手からその写真を取り上げて、太息《といき》を吐《つ》きながら、
「お嬢様、こんな乱暴をあそばしますなら、もうもう、わたしはお嬢様のお側にいるのはいやでございます、今日限りお暇をいただきまする」
「ああ、それがよい、わたしも、もうお前がいなくてもよい、お前はその可愛い殿様のところへおいで、わたしもお嫁に行くところがあるのだから、ええ、わたしはお嫁に行くようにきめてしまったのだから」
お銀様がこう言ってその両眼から留度《とめど》もなく涙を落した時に、お君は何と言ってよいか解らない心持になりました。
いつもならば何でもないことでしたろうけれど、その時はそれで、二人のなかが割《さ》かれてしまいました。お君が、もうお嬢様のお傍にいないと言ったのは一時の激した言い分のようであったが、実は本
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