、馬大尽の一家一門の者からも、村中の者からも、神仏のように思われてしまいました。市五郎の身体から後光《ごこう》がさすように見えてしまいました。
 下へも置かないもてなしというのはこのことであります。ことにお銀様が悪い折助にからかわれていらっしゃるところを、この親方が通りかかって助けて下さったという物語りは、市五郎を武勇伝の主人公のように、村の人から崇拝させることになってしまいました。
 市五郎は、自分の手柄を自分からはあんまり語りませんでした。馬大尽《うまだいじん》の一家一門の人が、さまざまに待遇《もてな》すのを強《た》って辞退して帰ることにしました。ぜひに一泊をすすめるのを断わって帰る時分には、市五郎の駕籠が提灯で隠れるほどに見送りがついて参りました。
 その翌日は釣台が幾台も市五郎の宅まで運ばれ、羽織袴で親類や総代が、市《いち》の立ったほどにお礼を述べに来ました。
 市五郎はこうして馬大尽の家から感謝を受け、それから同家へしばしば出入りをすることになりました。そうして主人の伊太夫と親しくなりました。伊太夫は市五郎を信用し、市五郎はよく伊太夫の意を迎えることができるようになりました。
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