い》の着物を着て紫の頭巾を被って、裏の林の中を脱けておいでなすったのを見たというものがあったというぐらいのものであります。
 なかにはお君がお銀様を嗾《そそのか》して、一緒に駈落《かけおち》をしたのではないかと言っているものもありました。君ちゃんはそんな子ではない、お嬢様があの通りの気むずかし屋だから、無理にお君さんを引きつれてお出かけになったのだと弁護するものもありました。
 人が諸方へ飛びました。そうして甲府の市中へ入ったということがわかり、甲府の市中へ入って八幡様へ参詣をしたということもわかり、そこでお御籤《みくじ》を取ったということもわかりました。それまではわかったけれども、それから後が更にわかりません。ところがその八幡様でもまた一つの騒ぎがありました。それは油注《あぶらつ》ぎの男が、油買いに出たまま帰って来ないということであります。
 それやこれやで、尋ねに行った人は途方に暮れ、馬大尽の家の混乱はいや増しに増してきました。
 そこへ役割の市五郎が、悠々として両人の駕籠を送り込んだのでありましたから、市五郎がここでどうしても器量を上げないわけにはゆきません。実際、市五郎はこの時
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