だりして、居たり立ったりしていました。これらの連中がそこへ暫く待っていると、家の中から、
「御苦労、御苦労」
と言って出て来たのは役割の市五郎であります。米友はこの男を知らないけれども、多分、これがここの親方だろうと思いました。
「親方、今晩は」
と言って、駕籠舁どもは頭を下げました。
「さあ、お嬢様、これにお召しなさいまし、お女中さんはこちらのにお召しなさいまし」
市五郎が、あとを顧みてこう言ったから、米友は、
「ちぇッ、提灯の火が暗えなあ」
米友は腹の中で業《ごう》をにやしました。米友が身体を固くして、固唾《かたず》を呑んで、その上に業をにやして待っているのは、今、市五郎がお嬢様と呼び、お女中さんと呼んだその人の影《すがた》をよく見たいからであります。まもなくそこへ現われたのは――一層口惜しいことに頭巾《ずきん》を被《かぶ》っています。頭巾を被って面《かお》の全部はほとんど見えないから、米友が身悶《みもだ》えしているうちに、その頭巾を被った若い娘は前の方の駕籠へ、市五郎が手を取って乗せて垂《たれ》を下ろしてしまいました。
「ちぇッ」
米友は口惜しがって地団太《じだんだ》を踏み
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