っと覗《のぞ》いていると、蜜柑箱《みかんばこ》を枕にした折助が、
「はくしょッ」
と咳をしました。
「風邪《かぜ》を引いちまった、飛んでもねえところで泳ぎをさせられちまったから、風邪を引いちゃった」
と言いました。
「は、は、は」
と一人の折助が高笑いをすると、
「あっぷ、あっぷ」
と、もう一人の折助が水に溺れるような形をしました。
「笑いごとじゃあねえ、全く命がけの狂言よ、二朱じゃやすい」
と風邪を引いた折助は、さのみ浮き立ちません。
「全く笑いごとじゃあねえ、親方にいいところを買って出られて、こっちはまるっきり儲《もう》からねえ役廻りだが、そのなかでも、兄いが儲からねえ方の座頭《ざがしら》だ」
「そりゃそうよ、手前たちは、痛くねえように二つばかり殴《なぐ》られたんで事が済んだけれど、俺らときた日にゃあ御丁寧に、お濠の中で涼ませられたんだ」
「仕方がねえ、頼まれりゃ水火の中へも飛び込むということがある」
「そこが男だ」
「ふざけるない。そうして骨を折っておけば、骨を折っただけのものはあるだろうと思っていたら、何のことだ、手前たちと同じように二朱の頭だ。結局、看板をだいなしにしたのと、
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