また》の折助が、遠慮のない馬鹿話をしたり高笑いをしたりするのがよく聞えましたけれど、女の声としては更に聞えることがありません。
米友はついに怺《こら》え兼ねて、その杖を塀のところに立てかけて、それに足をかけて飛び上りました。天性の敏捷な米友は易々《やすやす》と塀を乗り越えてしまいました。塀を乗り越えるとその杖を上から引き上げて、屋敷の中の井戸端からソット忍びました。
ここは、折助どもの集まっている、いわゆる大部屋であります。昼のうちはそんなでもなかったのが、いつ集まったか、盛んな人集《ひとだか》りで、一方の隅にかたまって博奕《ばくち》に夢中なのもありました。真中どころにごろごろして竹の皮包みの餡《あん》ころかなにかを頬張りながら、下卑《げび》た話をしてゲラゲラ笑っているのもあります。
博奕の方ではスポンスポンと烈しい音がしていました。今まで着ていた唐桟《とうざん》の着物を脱いで抛り出すのもあり、縮緬《ちりめん》の帯を解いて投げ出すのもありました。
こちらで寝転んで、餡ころを頬張りながらゲラゲラ笑って下卑た話をしているのが、米友の耳によく入ります。米友は戸の節穴《ふしあな》からそ
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