のいいのを探してみな」
お君のことを言い出すと、米友は必ず侮辱されてしまいます。前に両国の軽業《かるわざ》の小舎《こや》へ訪ねて行った時も、美人連のために手ヒドク嘲弄されました。
短気の米友が、ここで折助連と衝突を起さなかったのは不思議であります。しかし、米友もこのごろでは、短気がいつでも自分に好い結果を来さないことを少しは悟《さと》ったのか、争っても到底、折助が自分の言うことを相手にしないのを見て取ったのか、口が吃《ども》って利けないほどに憤慨しながら、悄々《しおしお》としてそこを引上げたのであります。
引上げるには引上げたけれども、確かに米友はお君を見たのです。お君が堀端をあちらこちら歩いている時に、一人の男が来てお君に何か言って、お君を連れて行くのを見かけたから、それで油壺を抛り出して追いかけて、この家へ連れ込まれたのを、確かに見たのでありますから、その場は立ち去ったけれども、到底この屋敷から眼と心とを離すわけにはゆきますまい。
しばらくその屋敷の周囲を彷徨《さまよ》うていた米友は、物蔭へ入って烏帽子《えぼし》と白丁とを脱いでクルクルと丸めて懐中《ふところ》へ入れました。
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