、油差しもしようというものであります。
「油買いに茶買いに、油屋の縁で辷《すべ》って転《ころ》んで、油一升こぼした」
と町の子供が、米友が油を買いに出たところを見て囃《はや》しました。
米友は、それに取合わないで澄まして歩きました。子供らにとっても大人にとっても、米友が油買いに行く形はおかしいものでありましたろう。
八幡の社を出て米友は三の堀を、廓《くるわ》の中へと行きました。廓を抜けて町の方へ行こうとして、竪町《たてまち》の正念寺の角を曲って二の堀の際《きわ》を歩いて行くうちに、米友は、
「あっ」
と言って立ち止まりました。
そうして猿のような眼を円くして、しきりに御門の橋のあたりを見つめていました。
「あっ、ありゃ」
と言って吃《ども》りました。吃った時分には、いま米友が見かけた人影は、御米蔵《おこめぐら》の蔭へ隠れてしまいました。その人影の隠れた御米蔵をめざして、米友は一目散《いちもくさん》に駆けて行きました。
その挙動は、かなり粗忽《そそ》っかしいものであります。ついには油壺が邪魔になるので、その油壺を振り落して堀際を駆けました。米友の身にとっては油壺も大切ですけれども
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