いけれど、諸国を旅行したものは、どこへ行ってもその伝説を聞くことができます。今でも土地によってはその実在をさえ信じているところもあるのであります。でえだらぼっち[#「でえだらぼっち」に傍点]が八幡様へ喧嘩を売りに来るという伝説の迷信が取払われないから、米友は今夜も燈籠へ火を入れなければなりませんでした。
「でえだらぼっち[#「でえだらぼっち」に傍点]もでえだらぼっち[#「でえだらぼっち」に傍点]だが、八幡様も八幡様だ」
 米友はブツブツ言いました。実際、米友の粗雑な頭でさえも、でえだらぼっち[#「でえだらぼっち」に傍点]の実在を信じきれないのであります。わざわざ眠い眼を擦《こす》って、実際有るか無いかわからないものの来襲に備えているということは、かなりばかばかしいものだと思わないではありませんでした。
 しかし、米友はいま宮仕《みやづか》えの身であります。ばかばかしいからと言ってそれを主張した日には、また追い出されてしばらくは路頭に迷わねばならないと思って、これまでずいぶん追い出されつけていただけに、多少身にこたえがあるから、ばかばかしいはばかばかしいなりに辛抱して、その油買いにも行き
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