聞きました。
 不意に能登守の一喝《いっかつ》に会うた時には、さすがの壮漢もピタリそこに足を留めてしまいました。
 足を留めてから先に進んだ南条は、その手に持った裸蝋燭を高くさしかざして、その扉の方をじっと見つめました。後ろから進んだ五十嵐は鉄の棒を構えながら、同じく蝋燭の光で南条の袖の下から向うを見込んでおります。
 扉を開いて能登守はそこに立っていました。例の五連発の室内銃を胸のあたりに取り上げて、銃口をこちらへ向けていましたが、その銃身に象嵌《ぞうがん》した金と銀と赤銅《しゃくどう》の雲竜が、蝋燭の光でキラキラとかがやきます。
 双方は暫らく無言で睨《にら》め合っていました。
「其方たちは破牢者《はろうもの》だな」
 能登守にこう言われて、
「お察しの通り」
 南条は落着いたものです。
「神妙に致せ」
 能登守は彼等が、無事に屈服することを待つかの如き言いぶりであります。
 南条はその迫らざる様子を見て、自分も敢《あえ》て進むことをせずに、能登守の人品を、なおしばらくうかがっていなければならないのです。
 けれども、南条の後ろに控えていた五十嵐はそれをもどかしく思いました。鉄砲だ
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