ンと一つの物音が聞えたのもその時です。この物音はさして大きな物音ではなかったけれど、さすがの二人の壮士を悸《ぎょっ》とせしめて、その音のした扉の方を見つめさせ、
「叱《し》ッ」
 いま、起き上ろうとする宇津木兵馬を抑えてしまいました。
「今の物音は?」
「…………」
 二人の壮士は面《かお》を見合せました。それは彼等を気にさせるのも道理で、その物音は能登守が鉄砲の台尻《だいじり》を板の間に軽く落した物音でありました。やがて室内の四方へ眼を配った二人のうち南条は、能登守の机の抽斗《ひきだし》から白鞘《しらさや》の短刀一|口《ふり》を探し出しました。五十嵐は能登守が鎔鉱の試験用に使う三尺ばかりの鉄の棒を一本探し出しました。南条はその短刀の鞘を払って、それが充分用に堪えることを知っての上で、二人はその裸蝋燭を前にかざして進んで行きました。二人の進んで行く方向は、無論、能登守が立聞きをしているはずの廊下へ通《かよ》う扉《ドア》の方向でありました。
「狼藉者《ろうぜきもの》!」
「あ!」
と驚いた二人の壮士は、その行手の扉が風もないのに向うから開いて、そこから狼藉者呼ばわりの凜々《りり》しい声を
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