ったのだ。と言うて手を束《つか》ねて捕われるのも愚《ぐ》な話、窮鼠《きゅうそ》かえって猫を噛むというわけではないが、時にとっての非常手段を試みるよりほかはない。その非常手段というのは、ここへ逃げ込んだのが縁、何者か知らないが当家の主人を叩き起し、手詰《てづめ》の談判をしてみるのだ」
南条はこう言って、強い決心を示して五十嵐を見ました。
「手詰の談判というのは?」
五十嵐もまた、南条のいわゆる非常手段の決心を呑込んでいるのでしょう。ただ手段の細かい方法を聞かんとするらしくあります。
「当分の間、我々を当家にかくまってくれるように、事をわけて歎願してみるのじゃ」
「しかし、それを聞き入れてくれぬ時には?」
「その時には、この宇津木だけを当家にかくまってくれるように頼み、我々は相当の路用と衣類とを借用して尋常に逃げてみるのだ」
「もしまた、それを聞き入れなかったその時には?」
「その時には気の毒ながら、最後の手段を取るよりほかはない、最後というのは血を見ることだ」
「よろしい、その決心で働こう。当家の主人という者はどこに寝ている、ほかの者には取合わず、まず用心して忍び、その主人の寝間を突
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