が退治した。酒呑童子は鬼の化身《けしん》だと俗説に唱えられていたが、近頃それはポルチュガルの漂流人が、あの山へ隠れていたのだと新奇な説を唱え出した学者がある。してみればこの部屋も、これは舶来の酒呑童子が甲州へ分家を出したのかも知れぬ、してみると我々は、さしむき渡辺の綱であり坂田の金時であるわけだが、実はうっかりすると退治られる方で、退治る方の役廻りでない」
 卓子《テーブル》の上へ頬杖をつきながらこう言って笑っているのは、二番室にいた破牢の先達《せんだつ》で、これもその名を仮りに五十嵐と呼ばれていた壮士でありました。
 この南条と五十嵐と二人の話しぶりは傍若無人《ぼうじゃくぶじん》でありました。実際|傍《かたわら》に人はないのであったが、それにしてもこの夜中に人の家へ忍び込んだ者の態度としては、あまりに傍若無人でありました。
 しかしながら駒井能登守は、この傍若無人をかえって興味を以て見、かつその会話を聞かないわけにはゆきません。彼等がこの上どんな挙動に出るかを究《きわ》めてみなければならなくなりました。それ故に能登守は扉をあけることもせずに、鉄砲を携えたままで、例の隙間《すきま》から
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