れは真中の卓子《テーブル》の上へ裸蝋燭《はだかろうそく》を一本立てて置いてあるのであります。その裸蝋燭の光で朦朧《もうろう》としてそこに二箇《ふたつ》ばかりの人影が、卓子を囲んでいることを能登守は認めることができました。その何者であるかを、一見しては見極《みきわ》めることはできませんでしたけれども、二度目によく眼を定めて見れば、それが破牢人の片割れであることは直ぐに知れたのであります。
能登守は微笑しました。逃げ込むのにことを欠いて、この室内へ逃げ込んで来るとは、飛んで火に入る虫よりも無謀な者共であるわいと、腹の中でおかしいくらいに思いました。
しかしながら、それにしても彼等が存外、落着き払っていることが、能登守をして多少感心させないわけにはゆきません。それと知るや知らずや彼等は、世の常のお客に来たような心持で、椅子へ腰をかけて、物珍らしそうにこの室内を見廻しているのでありました。
「ははア、なんとこれは珍らしい一室である、見給え、壁の間には大きな黒船の額がかかっている、洋夷《ようい》の調練している油絵がある、こちらの棚に並べてあるのはありゃ大砲の雛形《ひながた》で、五大洲の地図も
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