い、わたしも部屋へ帰って休みます、また明日ゆっくり話をしましょうよ、明日と限ったことはない、いつでもこれからは一緒にいて、あんまり離れて苦労しないことにしましょうよ」
 お君はこう言って、また寝ている人に蒲団をかけ直してやろうとして、思わずその寝面《ねがお》を見て喫驚《びっくり》して、
「おやおや、この人は、これは幸内さんではないか知ら」

         十一

 駒井能登守はこの時、何かに驚かされて夜具の中からはねおきました。それはお君が米友を潜りの木戸から呼び入れた時よりも、ずっと後であって、あの場面は一通り済んでしまった時でしたから、無論それを聞き咎《とが》めての驚きではありません。
 それは能登守がいま寝ている屋根の上で、たしかに人の歩むような物の音がするから、それに耳を傾けたのであります。そう思えば、たしかにそうであります。屋根の瓦を踏んでミシリミシリと音がする。時としてはその瓦が、踏み砕けたかと思われる音がするのでありました。
 しかしながら、もしも怪しい者がその辺に来ているならば、能登守が驚く以前にムク犬が驚かねばならないのであります。しかるにムク犬はなんとも言わない
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