来たのでございます」
「俺《おい》らはこの犬に引張られて来たんだ。もしこのお邸に、君ちゃんという女の子がいやしねえかな。俺らは米友というものだよ」
「友さん? ほんとにお前が米友さんなのかい。お前が本当に米友さんならば、わたしはお君に違いありません」
「そうかそうか、どうも声がよく似ていると思ったが、もし間違うといけねえから、よく聞きすましていたんだ。俺らの声もよく聞き分けがつくだろう、声だけ聞いても米友の正物《しょうぶつ》だということがわかるだろう、第一ムクがここまで俺らを引張って来たということが何よりの証拠だ」
「ああああ、ちっとも違いないよ。どうしてまあ友さん、この夜中にここへ尋ねて来たの。まあ早くお入りよ。ムクがわたしにこの木戸をあけろあけろというから、何か大切《だいじ》なことがあるとは思ったけれど、友さん、お前が尋ねて来ようとは思わなかった、さあ早くお入り」
「入ってもいいかい、御主人に悪いようなことはないのかえ」
「そんなことはありゃしない、あったってお前さんのことだもの」
「俺らはいいけれど、連れが一人あるんだぜ」
「お連れが?」
「その連れが、いま生きるか死ぬかの境なん
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