先に立てて、お君はついに木戸の鍵《かぎ》を外してしまいました。用心して戸をガラリと開いて、
「どなた」
ムクの後ろの方からお君は、雪洞《ぼんぼり》を遠くさし出して塀の外を見やりました。塀の外も、やっぱり例の闇と靄とでありましたから、雪洞の光もさっぱり届き兼ねて、そこに何者が来ているかということがお君にはわかりません。
「今晩は」
いまあけた木戸口の前に立っているものがあります。
「どなた」
お君は二度問いかけました。ムク犬は鼻を鳴らして、何者とも知れない外の者に向って、入れ入れと促《うなが》しているように見られます。
「今晩は」
外に立っているものは、入っていいのだか悪いのだか計り兼ねて、遠慮をしているような塩梅《あんばい》でありました。
「どなたでございます」
お君は三たびこう言って外なる人に問いかけました。合点《がてん》のゆくほどの返答を聞かないうちには、入れということを言わないのであります。
「今晩は。どうも遅くなって済まねえが、入ってもようござんすかい」
と言って、外なる人が駄目を押しました。
「いったい、あなたはどこのお方で、このお邸へこんなに遅く、何の御用があって
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