上げました。それだけでお君にはムク犬の心持がよく呑込めました。
「お前、誰か連れて来たのだね」
見廻した外の方向には板塀があって、そこには木戸があるはず。
「困ったねえ」
とお君は、その木戸口の方とムク犬の面とを等分にながめて、しばらく思案に暮れました。
「お前、あの木戸をこの夜中にあけられるものかね。それに今夜はお前、牢破りの悪人があったりなんぞして、怖《こわ》い晩ではないか。こんな怖い晩に、お客様なんぞを連れて来られては、わたしも迷惑するし、連れて来られたお客様だって、どんな疑いをかけられるかわかりゃしないじゃないか」
お君はこう言ってムク犬を詰《なじ》りました。けれども強く叱ることはできません。ナゼならば今までムク犬のしたことで、その時はずいぶん腹が立っても、その事情がわかった時は、なるほどと感心することばかりでありましたからです。ムクのする通りにしなければ、取返しのつかないことになったものをと、あとでホッと息を吐《つ》いて感謝することが幾度あったか知れないからであります。それでここでもまた同じように、あの木戸をあけろという無言のムク犬の合図を、お君は何事とも知らずに無条件で
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