。お君は鏡にうつる自分の髪の黒いことを喜びました。その面《かお》の色の白いことが嬉しくて堪《たま》りませんでした。それから頭へ手をやるたんびに、わが腕の肉が張りきっていることに自分ながら胸を躍らせました。お君はこうして、その写真を見ながら髪を結っては、また写真を見比べるのでありました。おそらくはその姿を能登守に見せたいからではありません。ただこの場で今宵限りこの打掛を着て、この奥方の通りに片はずしに結って、ひとりでながめていることだけに、このわくわくと狂うような胸の血汐《ちしお》を押鎮めようとするに過ぎないらしいのであります。
 お君は、どうやら自分の手で、それを本式の長髱《ながづと》の片はずしに結んでしまい、ばらふ[#「ばらふ」に傍点]の長い笄《こうがい》でとめて、にっこりと媚《なま》めかしい色を湛《たた》えながら、例の奥方の写真を取り上げました。眉を払ってあの奥床《おくゆか》しい堂上のぼうぼう眉を染めることだけは、奥方のそれと並ぶわけにはゆきませんけれども、お君はわざわざそんなことをしないでも、これで充分に満足しました。燈火の下で合せ鏡までしてその髪の出来具合をながめたり、また立っ
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