した。能登守の立っている姿よりも、奥方の立ち姿がお君の的《まと》になっているのであります。
 お君の姿がこの奥方の姿に似ているということは、能登守もそう思うし、家来たちもそう思うし、お君自身もまたそう思わないではないし、ことにお銀様の如きは、これがためにあらぬ嫉妬《しっと》を起して、それは弁解しても釈《と》けないことにまでなってしまいました。
「わたしも、明日からこの奥方様の通りに、片はずしに結《ゆ》って、この打掛を着てもよいと殿様がおっしゃった。奥方様がいらっしゃれば、奥方様の方からお許しをいただくのだけれども、ここでは殿様のお許しが出さえすれば、誰も不承知はないのだから、わたしは明日からそうしてしまおう。でも人に見られるときまりが悪い、御家来衆はなんとお思いなさるだろう。そんなことはかまわない、この家来衆よりもわたしの方が身分が重くなるのかも知れない。ああ、わたしが片はずしの髷《まげ》に結って打掛を着て、侍女を使うようになったのを、伊勢の国にいた朋輩《ほうばい》たちが見たらなんというだろう。わたしは出世しました、わたしは恋しい恋しいお殿様のお側で、お殿様の御寵愛《ごちょうあい》を一
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