たしのような者がお殿様に可愛がられることが、わたしのために善いか悪いか、今、わたしにはそんなことは考えていられない。それでは御病中の奥方様に済むものか済まないものか、それもわたしにはわからない。わたしは本当にもうあのお殿様が恋しくて恋しくて、わたしは前からあんなにお殿様を恋しがりながら、なぜ泣いたり逃げたりしていたのだろう、ああ、それが自分ながらわからない。わたしはお部屋様になりたいから、それでお殿様が好きなのではない、わたしにはもうどうしたってあのお殿様のお側《そば》は離れられない、お殿様のおっしゃることは、どんなことでも嫌とは言えない。わたしの身体《からだ》をみんなお殿様に差上げてしまえば、お殿様のお情けはきっとわたしにみんな下さるに違いない。奥方様には本当に申しわけがないけれども、お殿様をわたしの物にしてしまわなければ、わたしはのけものになってしまう」
お君の写真を見ている眼は、火が燃えるかと思われます。その口から言うことも、半ば呪《のろ》いのような響でありました。お君が見ている写真というのは、最初にこの邸へ訪ねて来た時に、心あってか能登守より貰った奥方と二人立ちの写真でありま
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