の病のことも、我等が身の上のことも、さほどには心配しておらぬ、物の判断に明らかな賢い女ではあるけれど……」
能登守の述懐めいた言葉のうちには、その奥方に対する冷静な観察と、自然何か物足らない節《ふし》があるように見えます。
「どうして左様なことがありますものでござりましょう、奥方様は、どんなにか殿様を恋しがっておいであそばしますことやら」
「いやいや、あの女は恋ということを知らぬ、恋よりも一層高いものを知っているけれど……それはあの女の罪ではなくて堂上に育った過《あやま》ちじゃ、過ちではない、それが正しい女であろうけれども」
「殿様、奥方様の御身分と、わたくしの身分とは……違うのでござりまする」
「それは違いもしようが」
「奥方様のお里は?」
「それはいま申す通り堂上の生れ」
「堂上のお生れと申しまするのは」
「それは雲上《うんじょう》のこと、公卿《くげ》の家じゃ」
「まあ、あのお公卿様、禁裏《きんり》様にお附きあそばすお公卿様が、奥方様のお里方なのでござりまするか」
「父は准大臣《じゅんだいじん》で従一位の家、兄に三位《さんみ》、弟には従五位下《じゅごいのげ》の兵衛権佐《ひょうえご
前へ
次へ
全190ページ中154ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング