使われるお前でなくて、人を使う身分と心得てよいのじゃ」
「…………」
お君には何とも返事ができませんでした。殿様にこう言われたことが嬉しいのならば、もっと先になぜあんなに拗《す》ねるようなことをして見せたのだ。またこう言われることが嬉しくないのならば、今この場でそれはお言葉が違いますとキッパリ言わないのだ。
どちらともつかないお君は、何とも返事をすることができないで、やはりこの殿様の膝元に泣き崩れているのを、能登守はその背中へ軽く手を当てました。
「殿様、それでも……あの、奥方様がこちらへおいでになりました時は、わたくしの身はどう致したらよろしいでござりましょう」
「ナニ奥が? あれは病気で、とても、もう癒《なお》るまい」
「おかわいそうなことでござりまする、どうぞお癒し申して上げたいことでござりまする」
「癒してやりたいけれども、病が重い上に天性あのような繊弱《かよわ》い身で……」
「さだめて御病気中も、お殿様のことばかり御心配あそばしてでござりましょう、それがためによけい、お身体にも障《さわ》るのでござりましょうから、おいとしうてなりませぬ」
「あれは存外冷たい女である――自分
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