来たところの障子は締め切って、そして能登守の膝元へ崩折《くずお》れるように跪《ひざま》ずいて、
「どうぞ御免下さりませ」
と言って、やはり泣き伏してしまいました。
「お殿様、わたくしが悪うございました、わたくしが悪いことを申し上げました、わたくしがお暇をいただきたいと申し上げたのは嘘でございます、わたくしはいつまでも……いつまでもお殿様のお傍にいたいのでございます、どうぞ、お殿様、よきようにあそばして下さいませ」
 お君は泣きながらこう言いました。こういって能登守の膝の下に全身を埋めるほどにして身を悶《もだ》えながら、またも泣きました。
 この時まで能登守の面《かお》に漲《みなぎ》っていた憂愁の色が一時に消えました。そうして炎々と燃えさかる情火に煽《あお》られて、五体が遽《にわ》かに熱くなるのでありました。
「よく言うてくれた、お前がその気ならば、拙者《わし》はいつまでもお前を放すことはない、お前もまた誰に憚ることもあるまい、今日からは召使のお君でなくて、この能登守の部屋におれ」
「…………」
「そうして、お前は好きな女中を傭《やと》うて、その部屋の主《あるじ》となってよいのじゃ、人に
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